柏原藩と織田家
柏原藩(現在の兵庫県丹波市柏原町)は1598年(慶長3年)に織田信長の弟、織田信包(のぶかね)が収めたことで立藩しました。
3代藩主信勝に後継がいないまま1650年に死去。その後1695年(元禄8年)信長の次男、信雄(のぶちか)の子孫にあたる信休(のぶやす)が柏原に国替となり、その後は明治の廃藩置県までこの地で藩が続くこととなります。
3代藩主信勝に後継がいないまま1650年に死去。その後1695年(元禄8年)信長の次男、信雄(のぶちか)の子孫にあたる信休(のぶやす)が柏原に国替となり、その後は明治の廃藩置県までこの地で藩が続くこととなります。
織田神社織田信勝を祀った神社。信勝は8歳で柏原藩3代目藩主となり28歳の若さで亡くなりました。
信勝の母が邸内に建てた霊廟が文政年間に現在の場所に移された。 |
建勲神社織田信長を祀る神社を建勲神社といい、全国に柏原と京都市、天童市の3ヶ所にしか存在しない。元禄8年に藩主が藩邸内に祠を建て信長を祀ったのが始まりであり、明治2年朝廷より建勲の称号を賜る。
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柏原藩陣屋跡国指定史跡
陣屋は信休が移封後約20年を経た1714年に造営。約20,000m2の敷地に表御殿・中御殿・奥御殿のある主屋、台所、幕末には藩校の崇廣館が健在した。 現存は表御殿の一部と長屋門 |
太鼓やぐら江戸時代に建てられた3階建のやぐら。最上階には「つつじ太鼓」という大太鼓があり、時報や火事大水等の警報、搭城の合図、参勤交代で江戸から藩主が帰還した時などに打ち鳴らされた。
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